数理生物学懇談会ニューズレター, No. 19, pp. 30-32, 1996.

リスたちの戯れるUCLAのキャンパスより

名古屋大学 情報文化学部 (現在: 人間情報学研究科)
有田 隆也
ari@info.human.nagoya-u.ac.jp

緑溢れるキャンパスの中を自由気ままに跳ね回る可愛いリスたちの姿に視線をそれほど動かされなくなってきたこのごろです.私のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)での10ヶ月間の滞在も半分をすぎました.本小文では,UCLAのこと,生物学科のこと,お世話になっている教授のこと,私のここでの研究のことなどについて,ざっくばらんに紹介させていただくことにします.みなさんの何かのご参考になるのならば幸いです.

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UCLAは日本人にもとてもよく知られた大学だと思います.ファッションや商品名とかでそのロゴがよく利用されたり,スポーツが強いことがその理由ではないでしょうか.比較的軽いイメージが一般にはあると思うのですが,教育水準は高く,西海岸でもスタンフォード大学,カリフォルニア大学本校バークレイなどにひけをとらないレベルにあるとされ,アメリカ全体でも上位にランクされます.学部生22000人,大学院生12000人の規模で,きわめて優雅なキャンパスを誇ります.
さまざまな人種を積極的に入学させるという方針のおかげでので実に多様な人種がキャンパスにはあふれています.授業は1年4期制です.1学期10週間で厚い教科書も平気で終わらせるので学生も必死です.廊下でも外でも平気ですわりこんで勉強しています.
生物学科の教授であり,また,同校の認知科学研究プログラムのディレクタでもあるCharles Taylor 教授のところに私はいます.生物学科は進化,行動,海洋などを含む生態学系統と発生などを含む分子生物学系統とニューロサイエンスなどを含む比較的新しい生理学系統の3つに分かれています.

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Charles Taylor教授は 集団遺伝学と進化に関する研究を長年行ってきましたが,特に,最近では生物学,計算機科学,数学,人工知能,哲学などを含む複合的領域である人工生命 (進化論的計算理論) 研究の確立,及び推進のリーダーのひとりとして世界的に活躍しています.1987年から開催されている人工生命に関する国際会議 (International Workshop on the Synthesis and Simulation of Living Systems,略称ALIFE会議,今年の5月に京都で開かれます) の編集委員会に加わっており,また,1993年に創刊された学術誌Artificial Life (MIT Press発行) のAssociate Editor のひとりでもあります.
Taylor教授の現在の研究は次の2つに分けることができます.

  1. 生物学における伝統的な進化理論を拡張し,より一般的な複雑適応システムの構築や解析のための手法を開発する.
  2. 1.で得られた知見を基にして動物生態学や進化に関わる具体的な問題に対して,シミュレーションを行いつつ取組む.
1.に関しては,Taylor 教授はさまざまな生命的な挙動や特性(知覚,学習,コミュニケーション,評価,移動,死)を示すコンピュータプロセスの研究手法を幅広く追究してきました.UCLAの研究者たちとともに開発してきたシステムとして,Genesys/Trackerシステム,及び,RAMシステムが有名です.また, 16000個のプロセッサを持つ超並列コンピュータ上に実現されたニューラルネットワークを用いて,性の進化,あるいは進化と探索に関する一般化にも取組んできました.
2.に関しては,マラリアを伝染する蚊のコントロールを目指すユニークな研究2)を行っています.西アフリカに棲息する数千の蚊を捕まえ,マーキングしてから逃がし,それを再び捕獲して群の移動分散を調べる実験を行う一方で,その結果を使って,人工生命の研究手法を用いた超並列コンピュータ上のシミュレーションにおけるパラメータを調整し,両者のギャップをなくしていくというものです.

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私はこちらでは授業や委員会のような定期的にすべき義務は基本的にはありません(文部省在外研究員「平成7年度海外研究開発動向調査」はいうまでもない職務ですけれど).研究者として実に幸せな時間をすごさせてもらっています.
定期的に行われるセミナには内容次第でいろいろ顔を出しています.さまざまな人たちの興味深い話をキャンパスにいながらにして聴けるのですから.そのひとつが,毎週月曜日に開かれる「認知科学研究プログラム」主催のセミナです.いくつか印象に残った話をあげますと,Colin Allen, "Why be Conscious?"やMark Bedau, "Emergent Models of Supple Dynamics of Life and Mind"です.
「進化と生命の起源に関する研究センター」主催のセミナも毎週水曜日に開かれており,さまざまな話が聴けます.Jerry Joyce, "Experimental Simulation of the RNA World" や Greg Stock, "The Future Evolution of Homo Sapiens"などです.さらに同センター主催の年一度のシンポジウムにも出席できました.今年は「知性の起源と進化」がテーマでして,Robert Seyfarth, "Function and Intention in the Natural Vocalization of Primates",Steven Pinker, "The Language Instinct",あるいは,Sue Savage-Rumbauch, "Communication with Chimpanzees"などのオールスターキャストの講演が聴けました(最後のパネルディスカッションのときには92歳のあのErnst Mayr博士が質問をして大いに盛り上がりました.後日,Taylor教授らとともに博士と昼食を一緒にする機会にもめぐまれました).

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こちらで私は言語/通信の進化というテーマに関して,人工生命研究の手法を用いて研究しています.もともと東京大学工学部計数工学科の中野馨先生のご指導のもとで卒業研究として四苦八苦して作り上げたモデルがありまして,それは(人工)ニューラルネットワークで構成された脳をもつ一組の仮想生物間でどのように情報を伝え合うようになるかということを検討したものです.それを多数の集団が世代交代をしながら進化論的枠組みの中でどのように言語を確立し,進化させていくかという方向に進めています3).言語というにはまだほど遠いシンプルなモデルですけれど,Robert Seyfarthらの研究したヴェルベットモンキーのような単純な信号ではなく,概念の抽出などを含むもう少し高度なレベルの通信を,人が明示的に埋め込むのではなく,進化メカニズムにより創発できないかと取り組んでいます.同時に,計算機科学科にあるロボット群を用いて実際に言語を進化させて協調的に効率よく仕事ができるようになるかを試しています.
もうひとつ,これは名大の人間情報学研究科の大学院にいる小鹿君と行っているテーマですが,捕食者被食者間の相互作用の中の特に体表パタンによる対捕食者防御(仮装,擬態,混同など)に注目し,その進化メカニズムをばっさりと単純化形式化してモデルを作っています.それを用いて計算機上で美しいカラーパタンを次から次へと自動的に生成するシステムを構築しよう4)としています.この研究は以前本誌に報告したテーマ5)の延長線上にあるものです.

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 私のUCLA滞在に関連することを簡単に書きましたが,もし,何かご興味のある点などございましたらお問い合わせください.

参考文献
1) "UCLA Campus Guide", UCLA Japanese Student Association, 1995.
2) J. Carnahan, S. Li, C. Costantini, Y. Toure and C. E. Taylor, "Computer Simulation of Dispersal by Anopheles
Gambiae s.l. in West Africa", Alrtificial Life V, 1996 (in press).
3) T. Arita and C. E. Taylor, "A Simple Model for the Evolution of Communication", The Fifth Annual Conference On Evolutionary Programming, 1996 (in press).
4) T. Arita and A. Ojika "Generation of Color Patterns Based on the Interactions between Predators and Prey", IEEE International Conference on Evolutionary Computation, 1996 (in press).
5) 有田隆也, "捕食関係に基づく生物群進化に関する人工生命的アプローチ", 数理生物学懇談会ニュースレター, No. 16, pp. 10-13, 1995.
(1996年3月15日)