小さな人工世界が創る大きなビックリ

博覧会や人気テーマパークなどの大規模なイベント会場のつきものと言えば,来場者の作る混雑です.特に,施設を観賞するための待ち時間は,来場者の満足感に大きく影響するものと言えます.

ところで,この混雑が生じる要因の一つに,会場内での混雑の偏りがあると言えます.つまり,あるアトラクションには人が集中してとても混んでいるけど,別のアトラクションはすいているというような状況です.

この混雑という現象は,人間社会に生じる創発的な現象の一つとしてとらえることができます.つまり,各来場者がそれぞれの理由でアトラクションをみてまわった結果として,全体に生じる構造が混雑だととらえることができるということです.

ところで,最近このような意味での混雑を少しでも改善するために,例えば携帯情報端末や情報掲示板などを利用して,入場者に混雑情報を提供するような仕組みが試みられています.

このような情報は混雑が生じる過程にどのような影響を及ぼすのでしょうか? この問いに答えるために,私たちは,次のようなコンピュータの中に小さなイベント会場を作って,その中の来場者に実際に混雑情報を提供してみることで,その影響を観察し,理解することを試みています.


10カ所のアトラクション(番号のついた色つきの四角)が存在するイベント会場(二次元平面)を考えます.
来場者(黄色い丸,全部で2000人)は,それぞれ全てのアトラクションから任意に選んだ約7割のアトラクションを観てまわろうと思って入り口(左上)から1ステップに2人ずつ入場します.ただし,同時に会場にいられる来場者は1000人までとします.
はじめは観たいアトラクションから任意に選んだアトラクションを訪れ,行列に並び,アトラクションを観賞します.
次からは,残りの観たいアトラクションのうちでまだ訪れていないものの中から,次に目指すアトラクションを選びます.
このとき一定の確率で携帯情報端末から混雑情報を受け取ります.受け取った場合には現在最も行列の短いアトラクションを訪れ,それ以外の場合には現在地から一番近いアトラクションを訪れることにします.一旦訪れる先を決めたらそこに到着するまでは行き先は変えません.
すべての観たいアトラクションを訪問し終わった来場者は会場を去ります.

上のアプレット内の“設定”の項目で,アトラクションの配置と各来場者に混雑状況を提供する確率を選択します.

つづいて,“実行”の項目にある“スタート”ボタンを押すと実験が開始します.すべての来場者が退場すると実験は自動的に終了する.途中で“ストップ”ボタンを押すと,その時点で実験が停止します.“次のステップ”ボタンを押すと,1ステップ分だけ実験を進めることができる.“リセット”ボタンを押すと,初期状態に戻ります.

新たに現れたウインドウでは,イベント会場の敷地が2次元の平面で表現されています.実験を開始すると,平面左上を入り口として,小さな黄色い円で表されたエージェントが入り口から次々と会場に入場していきます.会場内にはアトラクションが色つきの四角形で配置されており,その隣の棒グラフは,その時点での待ち行列の長さ(待機エージェント数)を示しています.(白い円はアトラクションを見やすくするための目印です).また,ウインドウ右側には現在のステップ数,総来場者数,会場内の来場者数,来場者の状態,各アトラクションの情報などが同時に表示されます.

まず,情報提供確率を0にして実験してみましょう.どのアトラクションもほぼ同じ数の人が見たいと思ってまわるにもかかわらず,配置によってアトラクションの混み具合には大きな影響があることが分かると思います.特に,配置2の時に混雑の偏りが起きる理由を考えてみましょう.

次に,配置2に設定して,混雑情報を提供する確率を変えて実験してみましょう.混雑情報を提供する確率が増加するに従って,混雑の偏り(棒グラフの長さの違いや,揺れ具合)はどのように変わっていくでしょうか? 混雑情報を提供すればするほど,混雑解消に良い影響を与えるでしょうか?

実際に実験を行うと,次のことが分かると思います.

1)行列の長さの偏りはアトラクションの配置に影響される.
2)混雑情報を提供するとその偏りが小さくなる(0.5の時最小).
3)しかし,提供する頻度が多すぎると逆に偏りに揺れができてしまう(特に端にあるアトラクション).

3が生じる理由は,あまりに多くの来場者が情報を共有すると,それによって,かつてすいていたアトラクションがかえって混んでしまうという結果を招いているためです.

このことは,我々が共有する情報が持つ多様性と,それに従って生じる我々の行動の持つ多様性は複雑に影響しあうことを示していると考えられます.


お問い合わせ:名古屋大学 大学院情報科学研究科 創発システム論講座 鈴木麗璽reiji@is.nagoya-u.ac.jp