2001年度 大学院向け担当講義の内容紹介

名古屋大学大学院人間情報学研究科
有田 隆也


人工生命論


この人間情報学研究科の講義では、なるべくオリジナルの論文に触れることにより、研究者の持つ問題意識、描くシナリオを忠実に把握し、人工生命という新しい研究領域の核心に迫りたいと考えます。いくつかのテーマにわけて、研究の流れがわかるようにとりあげていき、研究の筋道がわかるように構成したいと思います。一方、それらの研究をよりリアルに理解するために、インターネットなどを通して公開されたさまざまな人工生命関連の実験用ソフトウェアを受講生が興味に応じて各自が入手し、実験をしてみる機会を設けます。各自がそれらのソフトウェアの具体的な機能や使用法を報告するとともに、各自の問題意識に応じて行なった実験結果について発表しあい、理解を深めようというものです。

とりあげる研究の筋道は次のようなものです。

電子社会システム創発論(新)


この人間情報学研究科の講義では、以下の2冊の本を文系理系の混ざったさまざまな大学院生が順に担当し,議論を行っています.
星野力, "ロボットにつけるクスリ:誤解だらけのコンピュータサイエンス", アスキー出版局, 2000.
亀田達也,村田光二, "社会心理学:適応エージェントとしての人間", 有斐閣アルマ, 2000.
表面的には両者とも比較的読みやすい本ですが,重要なことは,両者が表面的にはまったくジャンルが違うのにかかわらず,目指している指向性に大きな共通点があることに驚きます.「社会心理学」からは,適応,マイクロ−マクロ関係ですし,「ロボットにつけるクスリ」からは,(必ずしも明示的には主張されてはいないものの)人工生命的見地です.


電子社会システム創発論(旧)


この人間情報学研究科の講義では、数十人のプレイヤーが小世界を作る経験を通して、さまざまな社会心理現象をリアルに再現することができる仮想世界ゲームというシミュレーションゲームを題材にした、
広瀬幸雄, "シミュレーション世界の社会心理学", ナカニシヤ出版, 1997.
をテキストにしています。文系理系の混ざったさまざまな大学院生が受講しています。自分の興味に近い章を担当して、読んでいっています。社会心理学の基本的な知見を学ぶとともに、このゲームへの理解を深めていっています。

「電子社会システム創発論」という授業の狙いもあって、特に、このゲーム(の縮小版)をインターネットに載せて、オンライン化することを話し合っています。そう簡単ではないでしょうが。実際に顔を見合わせてシミュレーションゲームを行なうのと違った現象が見られるかもしれません。また、今後の世の中はますます電子化が進でしょうから、そのような電子社会を予測することができるかもしれません。さらに、電子化すれば、プレイヤーをエージェント化して、人工生命手法などを用いて、進化シミュレーションはできるでしょう。

編著者の広瀬先生にもお世話になっています。うまく行けば、シミュレーションゲームは7月にもできるでしょう。楽しみにしています。参加を希望される方はお知らせください。人数が不足気味なので。


認知情報論特論II(旧)


この人間情報学研究科の講義では、人間の言語の成立と進化という奥深い謎に挑戦します。

まず、動物側のさまざまな研究をサーベイして、人間の言語への進化の糸口を探ります。特に、Seyfarthらのヴェルヴェットモンキーに関するコミュニケーションの研究に関しては詳しく紹介します。この研究に関しては、認知科学者、哲学者のD. C. Dennettの"Intentional Stance"に基づいた解釈手法についても触れます。

次に、人間側からの言語の起源への探索研究に関して紹介します。最古の記録された言語でもすでにあまり我々の知っている言語と変わらない構造を持ち、しかも、「言語は骨を残さない」ので、さまざまな間接的な証拠に頼らざるをえません。頭骨、脳の容量、道具製作、文化、子供の言語獲得などさまざまな間接的なアプローチを紹介します。

さて、実は、我々は人間は一世代、あるいは数世代でも言語を創り出している具体例を知っているわけでして、それがピジンやクレオールであるわけです。これらの研究の成果を基にして、原言語protolanguageの実像を探ります。

ところで、そもそも原言語なるものは実在するのか否か?という根本的な問題があります。ここに、巨人Chomskyの率いる多くの言語学者の陣営、対、Dennett, Pinker, Maynard Smithらのいわゆる適応論者の実に興味深い論争があります。最近のジャーナル誌上での論争をとりあげながら、どちらかというと後者のほうの肩を持ちながら、論じます。

言語の起源と進化へのアプローチとして、このような研究群とは一線を画したところに、人工生命、あるいは、複雑系的なアプローチが最近急速に注目を集めてきました。このようなアプローチの基本的な主張を述べるととともに、いくつかの研究事例を紹介します。





電子社会システム論特論(旧)


電子ネットワークが高度に発達し、個人個人がネットワークを介して密に接続されたwiredな社会が実現すると何が大きく変わるのでしょうか? とても難しい問題ですが、個人個人がその責任において自律的に行動し、それがお互いに影響を与え、その結果として、社会全体の姿が定まるというボトムアップなダイナミズムのイメージが描けるかもしれません。そのような社会像を理解するためのキーワードとして、Decentralized Systemを考えます。
この講義では、次の本を参加者が輪講形式で読んでいきます。
Mitchel Resnick, "Explorations in Massively Parallel Microworlds", MIT Press, 1994.
MITのメディアラボのM. Resnickが書いたとても面白い本です。交通渋滞、蟻の社会、鳥の群れ、人間の社会など、非集中的(中央に何かコントロールするメカニズムがあるのではない)で、並列性の中から一種の秩序が湧き起こってくるような現象をとてもわかりやすい並列型の計算機言語StarLogoを使って理解しようというものです。これにより、ものごとを見る目が変わると彼は主張しています。高校生にこの計算機言語を与えて、上記のような現象を実際にコンピュータでシミュレーションしていくうちに、子どもの見方が変わってきたことが書かれています。この計算機言語はマッキントッシュ用で受講生に渡します。計算機の予備知識は特に要りません。複雑系、教育、経済学、社会学、生物学、計算機科学など広い領域の人にアピールする本だとされています。